Roundabout Trip
バンコクでゲイのグループと。
- 2011-02-10 (木)
- タイ
バンコクでゲイのグループと遊んだ。
ゲイのグループといってもゲイの集団ではなく、「グループ」という名前のゲイだ。
グループはオーストラリアの英会話学校で同じクラスになったことがあって、今回バンコクに行くと言ったら、どこか連れて行ってやると言ってくれた。
正午過ぎに待ち合わせのカオサン通りで待っていると、ハーイ!と甲高い声が聞こえた。おかまちゃん風の声がなつかしい。
グループが自家用車に乗ってさっそうと登場した。
う~ん、見るからに新車といった感じの日本車。金持っているとは聞いていたが。
グループは車で二人を郊外のレストランに連れて行ってくれた。
そこでグループの「彼氏」も交えて食事。
見るからに高そうなオープンテラスのあるレストランで、普段カオサン通りの屋台でパッタイや虫のフライを食っている者からしたらとても払えそうな所ではない。いや、払えるんだけど、旅行中の身にはあまりに高い。
数品のタイ料理を堪能したあと、グループはこともなげに俺たちの宿泊費の数日分はする食事代を払ってくれた。
その後はバンコク市内の中心部にるエラワンプームという場所にお祈りに行った。ここは夜も遅いのにたくさんの人が線香を買ってお祈りをしていた。結構有名な所らしい。グループは俺たちの旅の安全を祈ってくれた。いいやつだ。
そして、フルーツと花の市場として有名なパーククローンマーケットへ。
時刻はすでに午後10時。
マーケットはとにかく花がたくさん売っていて、これだけの花をこんな時間にいったいだれが買うんだろうと疑問に思いながら歩く。
トモエは花が好きらしく喜んでいる。グループもゲイだから心は女。花が好きなんだろうなあ。
翌日もグループと遊ぶ約束をしてホテルへ戻る。
グループもその彼氏も仕事があるにも関わらず遅くまでバンコクを案内してくれてありがたい。
やっぱり国は違えど友達を持つというのはいいもんだ。
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アユタヤ
- 2010-11-11 (木)
- タイ
アユタヤへはスコータイからバスで移動。
バスは意外と綺麗で客も少なく快適だ。
しかし、アユタヤに着くと、街中のバスターミナルで降ろされるものと思っていたら高速道路(?)の脇にバスを止められ降ろされることになった。
バスはバンコク行きだったため、そのまま自分達二人だけを降ろして走り去った。
どこに降ろされたのかまったく場所がわからない。
それでも一度来たことがある街だし、アユタヤ駅さえ分かればなんとかなる。

そう踏んで歩くことにしたものの、道を聞いても英語の通じる人がおらずなんとなくの駅の方向しか分からない。途中でソンテウにでも乗ろうかと思うものの、どの車も人がたくさん乗っていてスペースがない。
とりあえず歩く二人。そのうちなんとなく駅はまだまだ遠いということが分かって日も暮れてきた。
だんだんと荷物の負荷が効いてきて肩が痛くなってくる。
そしてイライラしてくる。だいたい30分くらい歩いたら二人ともイライラしてくる。
クソー、駅に着けばなんとなく地理は分かるのに。
クソー、バスもへんな所に降ろしやがって。
そして疲労度が増してきたころ、一台のソンテウが近寄って来た。
人があまり乗っていない。
「あ~、もうコレ乗ろうか」
ということで駅まで歩くのをあきらめてソンテウに。
不思議なもので、日本円にすればわずか100円、200円だけど旅行中は旅行している国の金銭感覚になる。
クソー、30分以上歩いたのに、駅まで歩けばこの100円分浮いたのに、と。
そうやって、ようやく宿のあるあたりに到着するも、どこも予算よりも高い。
最初に行った日本人宿「P・Uゲストハウス」では、
「安いし、とてもきれいな部屋ですよ」
と客引きされるも値段を聞くと一番高い部屋しかないと言われあきらめる。

周りももう暗く疲れている時の宿探しほどつらいものはない。
それでも、P・Uゲストハウスのそばにアユタヤゲストハウスという所があって、値段・部屋とも申し分ない上に、さらにディスカウント交渉が成功しようやく部屋に荷物を下ろすことができた。
スコータイからのバスを降ろされもう3時間近くになろうとしていた。
わずか、2、300円をケチるとホントーに疲れる。
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スコータイ。
- 2010-08-27 (金)
- タイ
翌日はスコータイ遺跡へ。
新市街からソンテウに乗って遺跡の入口まで移動。
ソンテウを降りるとレンタサイクル屋があったのでそこで自転車を借りて遺跡を巡る。
一度来たことはあったけど、他の遺跡ほどのインパクトがなかったのかあまりここの記憶が残ってなかった。

それでも遺跡めぐりはやっぱり楽しい。

午前中で遺跡はほとんど見て、新市街に戻る。
スコータイは遺跡を見てしまうとそれ以外に何もすることはない。
それでもなぜかここには3泊もしてしまった。
3泊するうちに誰か他に宿泊客が来るかと思ったけど結局3日間誰も客はこなかった。
う~ん、おばちゃんは体調もよくないみたいだし、客も来ないんじゃ暮らしも楽ではないだろう。
3日目の朝、おばちゃんに別れを告げる際に話をすると、どうやらもう少ししたらここの宿も誰かに売り渡すことになっているらしい。ただ、今でも常連の客がいるので売ったあとも2階の宿泊スペースだけは来てくれる客のために残す契約とのこと。おばちゃんの住んでいる1階部分は完全に他人のものになるのでおばちゃんはもっと狭い家に移らなければいけないと言った。
いずれにしてもここに泊まるのは近いうちにこれる機会がない限り最後になりそうだ。
2階のテラスなんか居心地がよくて好きだったんだけど。

スコータイ到着
- 2010-08-25 (水)
- タイ
雨の中、チェンマイからスコータイに移動。
スコータイに着くころには雨はあがっていた。
バスターミナルに着くとソンテウのおっさんが客引きに来た。
どこのホテルに泊まるんだ?いいホテルがあるぞ、とうるさい。
宿は以前泊まったことのある「タイゲストハウス」に決めていたので、宿名を告げると、「わはは!タイゲストハウスか!」と仲間と顔を合わせて笑っている。
確かにタイゲストハウスは長屋づくりの宿で、他の宿に比べると見劣りする。
しかし、前回泊まった記憶では、裕福ではないが優しいおばちゃんがいてとても居心地がよかったので構わずタイゲストハウスまで行くように言い、おっさんの言い値を半分に負けさせソンテウに乗り込んだ。

タイゲストハウスに着くとソンテウのおっさんは、よし部屋を見ろ、泊まるか?泊まらないなら俺のすすめる宿に連れて行ってやるとうるさい。
このおっさん、要は宿からの紹介料が欲しいのだ。
当然、タイゲストハウスに泊まっても宿のおばちゃんからせびるのだろう。
宿のおばちゃんは、「いらっしゃい、泊まるの?」と聞いて来る。
しかし、おばちゃんに紹介料を払わせるのは忍びない。
おばちゃんには一旦宿から離れるふりをしてあとで戻るから、とこっそり話し、このソンテウから離れることにした。
ソンテウのおっさんは、タイゲストハウスにはやっぱり泊まらないのか?じゃあ俺のすすめるホテルに連れて行ってやるとまだしつこい。
ここには泊まらないけど、お前の宿に行く気もないからもういいよ。と言うと、おっさん地団太踏んでくやしがった。ソンテウの料金を負けたのは紹介料が入ることを踏んでのことだったんだろう。
アホめ。
しばらく、タイゲストハウスから離れて歩いたあと、引き返した。
ソンテウはもういない。
おばちゃんに8年前にここに泊まったんだよ、と言うと喜んでくれた。
おばちゃんは紹介料のことは気にしなくてもよかったのに、と言われたが、驚いたことにもうここ3カ月くらい客が来ていないらしい。それではなおさら紹介料を払うのももったいないだろうに。
いずれにしても、もう一度ここに来た。外観も2階のテラスも記憶のままだ。

チェンマイ恐怖の・・・。
- 2010-08-24 (火)
- タイ
チェンライからバスでタイ北部の都市チェンマイへ。
チェンマイは一度来たことがあるのでバスターミナルに着くと乗り合いバスでターペー門までやって来た。
チェンマイは城塞都市だったらしく、今でも旧市街がわずかに城壁で囲まれていて東西南北に門がある。そのうちの一つターペー門の近くに安宿があると記憶していたのでそのあたりで宿を探す。
そして2件目に訪ねた宿の名前は「KENT GUEST HOUSE」。
受付にはタイ人のおばあさんと白人のおじさんがいて英語でおしゃべり中だった。
一泊いくらか訪ねると、150バーツ(約420円)だと言う。
二人で150かと聞くと、白人のおじさんは「イエース、150ミリオンジャパニーズイェン!」と彼なりのジョークを飛ばした。
しかし、安いなあ。それにしても人が泊まっている様子はないなあ。
まあ、一軒目が400バーツだったし、安いからいいだろうと本日の宿決定。
そして夜。
ナイトバザールから帰ってくるとゲストハウスに続く路地だけが暗い。
入り口にたどり着く前にトモエが、あの宿なんかコワイよね、と言いだした。
誰も他に泊まってなかったりして、と冗談で言いながら入口に着くと門が施錠してある。
鍵を開けながら宿を見ると自分たちが泊まっている2階の部屋に明かりが見えた。
ああ、誰か泊まってる。
よかったねと言いながら宿に入る。
1回の受付では白人のおじさんがテレビを見ていた。
2階に上がる階段はどうもケモノくさい。
そういえば、白人のおじさんは、昼間出かける時に会うと肩にハトを乗せていた。
これはハトのふんの匂いだろうなあ。
そう言いながら2階の自分たちの部屋に。
あれれ、さっき2階の部屋の電気が点いていたんだけど消えてるなあと気付く。
誰も泊まってないじゃん、とトモエが文句をいう。
トモエは電気が点いていたのが見えてなかったらしい。
ん~、だれも泊まってないらしい。
もしかして映画みたいに朝起きたらホコリやクモの巣だらけの廃墟の中で目が覚めたりして。
あのおばあさんもおじさんもホントはいなかったりして。と冗談を言うとトモエが本気で怖がった。
しかし、この宿、あまり清潔とは言えないけど安いから少しくらい誰か泊まってもおかしくないんだけどなあ。
そう思いながらこれを書いていると、誰もいない風呂場で水がジョロロと音を立ててわずかに流れた。
寒気がして布団に入った。
そして、朝。
トモエのキャー!という声で目が覚める。
何事かと聞くと、カーテンを開けたら外におばあさんがいた、という。
おばあさん、朝から廊下を掃除してただけなんだけど・・・。
しかし雰囲気が怖い。
この宿、廃墟になる日もそう遠くない気がするなあ。そう言いながら翌日チェンマイ恐怖の宿をあとにした。
ゾウと山岳民族
- 2010-08-23 (月)
- タイ
チェンライはチェンマイと並んでタイ北部の観光の拠点らしく、ここからゴールデントライアングル(タイ、ミャンマー、ラオスの3つの国の国境が交わる場所)や山岳民族を訪れるトレッキングツアーなどがある。
せっかくここまで来たんだから何か見たいなあと思い、安そうな1デイトリップはないか探してみた。
トモエはゾウに乗りたい!と子供のような事をゾウのような足を組みながら言い、じゃあ俺は民族の生活がいかなるものかを知っておこうと考えた。
そこでいくつかのツアー会社を回って自分たちの希望に合うもの(民族とゾウ)を見せてもらうと最も安いもので1人900バーツというところから1人1500バーツというところまでピンキリだった。
平均して1人1500バーツくらいが相場のようで、900バーツというのはあまりにもうさんくさい。
いったいどれがいいのか分からず、取りあえず保留して宿に戻ると、宿の日本語を話すタイ人女性が「ツアーに興味がありますか?」と話しかけて来た。
彼女の名前はファンさん。
大阪に8年くらいいたそうで、日本語がぺらぺらだ。宿の経営者(日本人)の息子さんと結婚しているらしい。
ツアー会社をいくつか回ったら、これこれこういう状況なんですよと話したら、安いツアーはよく話を聞かないと追加でいろいろ払わされるから気をつけた方がいいよとアドバイスしてくれた。
いろいろ話しているうちに、結局ファンさんに頼むのが一番よさそうだと判断してツアーに申し込んだ。この旅で一番高い費用だ。
翌日、10時に宿を出発し、まずはチェンライのそばを流れるメーコック側をボートで北上。
今は雨季で川が増水していてあまり綺麗ではなかった。
ただ、ファンさんいわく、雨季の方が山の緑がきれいだそうだ。

ボートはエレファントキャンプに到着。
あたり前だけどゾウがいる。
ゾウをまじかで見るのは初めてで触るとなんだか皮膚がゴムでできているみたいだった。

うわーすげえ、とうなっていると、トモエもうわー!ゾウのち○こすごいよ!とうなっていた。
確かにすごかった。
興奮さめやらぬ間にゾウに乗る。
ゾウの背中にはベンチがくくり付けられていた。なんだか可哀相で申し訳ない気もしながら乗り、ゾウが動き出した瞬間またもウムムとうなってしまった。
ゾウの歩くノシノシとした動きがダイレクトに伝わってくる。
ノシノシ、ノシノシ。
ノシノシ感がすごい。こんなノシノシ感は初めてだ。
そしてゾウに乗って30分ほど近くの道を回った。
ノシノシ、ノシノシ、プリッ、ボトボトッ。
ノシノシ、ノシノシ。
ときおりウンコをしながらゾウは暑い中を歩いてくれた。
昼食を挟んで午後は山岳民族を訪ねた。と言っても観光用の村で、首長族、アカ族、ラフ族などがひとつの敷地内に住んでいる。

ただ、いずれもホントの民族に間違いはないわけで、首長族はホントに首が長かった。

しかし、何族だったか忘れたが、観光客が訪れるのが見えるとみんな民族衣装に着替えはじめ踊りを踊り始めた。
踊り終えるとみんなが何かを期待している。
立て札を見ると、「踊りが終わったらダンサー達に寄付を忘れないで下さい」と書いてある。

たいした踊りではない。たいした金額は寄付しなかった。
こういったところが少々観光用の村ということで残念だったけど、日帰りで色々見るのは難しいのは申し込んだ時に納得していたので仕方がない。
宿泊ツアーにすれば、ホントに山奥の村を訪れるらしいのだが。
まずまずのツアーだった。 二人は夕方宿に戻った。
トモエがまたゾウのち○この話をしたので無視した。
ルアンパバン到着
- 2010-08-18 (水)
- ラオス
世界遺産の街ルアンパバン(またはルアンプラバン)。
トモエはなぜかここをプランパバンと呼ぶ。(→トモエブログ)
訪問した都市の名前もなかなか覚えず、覚えたかと思うと間違えている。
どうやら、インドネシアのプランバナン遺跡とルアンパバンがごちゃまぜになっているらしい。
それはさておき、世界遺産の街といってもどのあたりが世界遺産的なのかがちょっと分からない。
なにかインパクトのある建築物や遺跡があるわけでもない。
ただの山奥の街だ。
それでも道中の山道を考えたら、こんな山奥にこんな街があるのがすごいことに思えなくもない。
ただ、時おり見かける黄色い袈裟を着た坊さんがなんだかいい雰囲気を出している。
宿泊したJaliyaゲストハウスはマーケットやメコン川まで徒歩10分かからない距離。
オーナーのおばちゃんは、どうすんだよ!泊まれよ!ここは街の中心まで近いし、この街は小さいからどこに泊まっても同じだよ!と早口の英語でまくし立てる。なかなか威勢のいいおばちゃんだ。
おばちゃんのいうとおり、街は小さい。ぐるっと1時間も歩けば街の全体の感覚がつかめる。
しつこい客引きもいないし、なかなか感じのいい町だ。
到着したのがすでに夕方だったので、夕食がてらナイトマーケットに行ってみる。
通りの約300メートルくらいの長さにわたってびっしり店が出ていて、やはりここも他のアジアのマーケット同様に同じようなものをみんな売っている。

夕食は狭い路地の中にある屋台で、焼き鳥とビール。
うまい、うまい。

ルアンパバン地鶏というのかな。
ビールも飲んでトモエはご機嫌だ。
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バスは山を越えて
- 2010-08-18 (水)
- ラオス
ひたすらバスは曲がりくねった山道を進んだ。
ときおり道路脇には粗末な家が現れて、ニワトリや犬がそこらをウロウロしている。子供が遊んでいるのもよく見かける。

小さな首都ビエンチャンから早朝のバスに乗り、世界遺産の町ルアンパバンまでおよそ10時間。
外国人観光客でほぼ満席のバスは、途中で2、3回のトイレ休憩と1回の食事休憩を小さな食堂でとった以外はずっと走り続けた。
トイレ休憩といってもトイレがある場所で休憩するわけでもない。
男はそれぞれ好きな場所で用を足し、女はみんな繁みに隠れて用を足す。
進む山奥にはなんにもない。雨が降ったりやんだりする中をバスは進む。
いつの間にか眠っていて目を覚ますとバスは霧の中を走っていた。
一面真っ白な世界。
かなり標高があるんだろうか、そんな場所にも粗末な家々はあって、やっぱり子供が遊んでいたり、大人が小屋でくつろいでいたりする。

霧が晴れて見渡す山の斜面。そんな斜面にも小さな小屋が見える。
道路端には時々野菜を売っている小屋もある。
どうやら斜面の下に家があって、道路まで登ってきて野菜を売っているようだ。
しかしよくもまあこんな山奥に住んでるなあ。ほんとにサバイバル生活だなあ。
そんなことを関心しながら山のフモトを見下ろすとやや大きめの町のようなものが見えてきた。
バスは山を越えてルアンパバンに近づいた。
首都ビエンチャン
- 2010-08-17 (火)
- ラオス
ビエンチャン。
一国の首都とは思えない規模の町並み。高いビルもない。
そんななかで大通りの端にあるビクトリーゲート(勝利の門)がなんだか妙に立派に見える。

ちょっと調べると、ラオスは発展途上国の中でも特に開発が遅れているらしく、世界的に見てもアフリカ諸国に交じってアジアからカンボジア、ブータン、ミャンマーなどとともにホントに貧しい国として挙げられている。
だから首都といっても、ホントにちいさな町だ。
一番大きそうなマーケットに行ってみた。宿から歩いて10分程度の場所だった。
大したものは売っていない。でも生活に必要なものはすべて手に入りそう。

そのあと町を歩いて一軒の食堂に入って、カオピアック・セン(米でつくったうどんのような麺)を注文してみた。
うま~い。
トモエと二人でうまい、うまいといいながらスープまで全部飲みほした。
貧しくともうまいものがあるもんだなあ。
宿のある通りに戻り、次の町ルアンパバンまでのバスチケットを買うことにして、いくつかの旅行会社やチケットを扱うゲストハウスを訪ねてみた。
何件か訪ねてチケットを購入すると、またあのうどんが食いたくなった。
舗装工事中だった残念なビエンチャンのメコン川の景色も適当にみて、さっさとまたあの店に舞い戻った。

店のおばちゃんは覚えていてくれたようで(3時間前に来たばかりだから当然だけど)、今度は少し麺を多くして欲しいと頼むと、
「スピショー フォ ユー!」と言ってタダで大盛りにしてくれた。
ああ、スペシャル フォー ユー か!ありがたい!
もちもちした麺がうま~い。またもやスープまで飲みほした。
スピショーな食事を堪能し、宿への帰り際、コンビニのような店でビア・ラオ(ラオスビール)を購入。
大瓶でも100円もしない。
アルコールに飢えているトモエもうれしそう。
ラオスはとてもいいところだ。
ラオスへ
- 2010-08-17 (火)
- ラオス
乗合バスを運転するおばちゃんは笑顔で俺の冗談につきあってくれるし、そのうえ助手席に乗せてくれた。

トモエは屋根つきの荷台のうえで他の乗客と窮屈そうに座っている。
俺はおばちゃんとコミュニケーションをとることによって、自力でこの席を勝ち取ったのだ。
うらやましいだろう。
それにしてもボロイ運転席だ。配線とかむき出しだし。

まあいい。
初めてのラオスにウキウキしていた。
ラオスはいいところだと聞いている。
人が素朴でだましたりしないと聞いている。
さっそくいい乗合バスを選んで、いつもなら面倒な移動日もなんだか楽しい。
国境からラオスの首都ビエンチャンまで30分ほど。
ここの安宿は噴水の近くにあるらしい。
「キーワード」である噴水を運転手のおばちゃんに告げると、まかせろといった表情で肩をたたかれた。しかし、噴水なんて首都ならいくらでもある気がするが、ちゃんと噴水のそばの通りで降ろしてくれた。そんなにたいした噴水ではなかった。日本ならちょっとした公園にありそうな噴水だ。
ともかく噴水に来た。
そして、おばちゃんが「ホテル、ホテル」と指さす宿を見るとなかなかよさそうなところだったのでチェックイン。
すべてがトントン拍子で気分が大変によろしい。







